SVIRIDOV スヴィリードフ
【2016.10.02. ピアノリサイタルコンサート挨拶文】
本日はご多用の中、植村照ピアノリサイタルにご来場下さいまして誠にありがとうございます。ゲオルギー・ヴァシレイヴィッチ・スヴィリードフ(Georgy Vasilyevich Sviridov)という作曲家は、日本ではほとんど知られていません。1915年に生まれて1998年に亡くなったスヴィリードフは、20世紀のソ連、そしてロシアを代表する作曲家であるのに、作品が国外で演奏される機会はほとんどありませんでした。そして私も、スヴィリードフの名前を知ったのはヨーロッパ留学から帰国後、1998年のことでした。京都で、あるロシア研究者の方から、スヴィリードフの合唱曲、室内楽曲、オーケストラによる「吹雪」のカセットテープをいただき、試しに聴いてみた衝撃をいまだ忘れません。
ロシアの大地を思わせる壮大さとエネルギーをまとった、でも、どこかスラブ独特のもの哀しい音楽。一つ一つの作品は決して複雑ではないのに、全てが合唱曲のような人間の声に近い音楽。この作曲家の作品に取り組んでみたい、と思ってはみたものの、当時の日本では、スヴィリードフの楽譜や情報を得ることは出来ませんでした。2002年の夏に初めて訪れたロシアでも、彼の楽譜とCDをかろうじて少し手に入れ、知名度の高い作曲家であることを確認するのがやっとでした。
スヴィリードフが現地で有名であったのには、理由がありました。映画「時よ、前進!」の主題曲は、モスクワ放送のニュース番組のオープニングや、2014年のソチ五輪開会式のパフォーマンスでも使われるほど評価されていました。プーシキンの短編「吹雪」を映画化した際に作曲されたもの中で、特に有名な「ワルツ」は、今春、ロシアを再訪した時にサーカス劇場でBGMに使われたのを聞いた途端、小学生低学年くらいの少年が、「あっ!スヴィリードフの曲だ!」と嬉しそうに両親に言うほど愛されていました。ロシアでは昔から現在に至るまで人気が高く、「発見」などと言っては失礼なこともよくわかりました。
クラシックの作曲家は、よく「子どものためのアルバム」というモチーフで作曲をしています。シューマンの作品は素晴らしく、それを意識して作られたチャイコフスキーの作品も、24曲から成る堂々たる曲集です。そしてスヴィリードフもまた、17曲から成る「子どものためのアルバム」を作っています。私たち大人は、純真無垢な子どもたちに何か大切なことを伝えるとき、じっと子どもの目を見つめ、真剣に、ひとつひとつ言葉を厳選して話しかけなければなりません。それと同様に、いずれの作曲家による「子どものためのアルバム」も、シンプルながら作曲家独自のエッセンスが込められた曲集となっていて興味深いです。
スヴィリードフの「子どものためのアルバム」は、後に日本文学研究者となった、息子のゲオルギー・ゲオルギエヴィッチ・スヴィリードフ(Georgy Georgiyevich Sviridov)が誕生した1948年に作曲され、その息子に捧げられています。息子さんは、晩年京都に住み、日本とロシアの文化的な架け橋として尽力されたと、交流のあった家人から聞いています。1997年にご病気のため京都で他界された翌年、父親のスヴィリードフもモスクワで亡くなりました。昨年は、作曲家スヴィリードフ生誕100年を記念してロシア国内外で記念コンサートや特集記事、番組が組まれていたようです。生誕101年目を迎えた今秋、本日のコンサートでは、「子どものためのアルバム」もプログラムに入れています。お二人への追悼の意を込めて、演奏したいと思います。
最後に、スヴィリードフのピアノトリオの日本初演に快く客演いただいた高橋真珠さん、日野俊介さんに心より御礼申し上げたいと思います。
2016年10月 植村照
ゲオルギー・ヴァシレイヴィッチ・スヴィリードフの生涯
ゲオルギー・ヴァシレイヴィッチ・スヴィリードフは、1915年12月16日に、ロシア帝国領のクルスク県で生まれました。生地は現在、ロシア連邦領となっており、その西側には隣国のウクライナがあります。
スヴィリードフの生涯は、このロシア中心部を遠く離れた土地から始まります。ロシアの中ではヨーロッパに近く、また比較的南に位置する地域ですが、ロシア革命の動乱はここにも波及し、父親は革命派として処刑されたと伝えられています。4歳にして父を失ったスヴィリードフは、教師であった母の下に育ち、音楽の傑出した才能を広く認められていきます。
1932年にスヴィリードフは、レニングラードの音楽学校に入学しました。レニングラードはモスクワと並ぶ重要都市であり、現在、この町の名は、サンクト・ペテルブルクに戻っています。ロシア帝国時代、ピョートル大帝の決断によって1703年に建設されたこの町は、ロシアの西方に開かれた窓でした。バルト海に面する港町であり、船に乗ればフィンランドとエストアニアの間を通り抜け、やがてオランダやイギリスにも到達します。ロシアとヨーロッパの混合した文化を発達させたこの町の音楽院で、スヴィリードフは、1937年からドミートリイ・ショスタコーヴィッチに学びます。
ショスタコーヴィッチは、20世紀のソ連とロシアを代表する作曲家として世界的に著名です。そして、政治的な抑圧と音楽の自由を求めて葛藤し、独裁体制の暴力と文化との緊張関係を生きた芸術家としても知られています。ショスタコーヴィッチよりも10歳ほど年下のスヴィリードフも、恩師と同じ時代を生き延びました。1955年にモスクワに移ったスヴィリードフは、ソ連政府から優れた作曲家と認められるとともに、ロシアの文学と音楽の素晴らしさを後世に伝える仕事を重ねていきます。
スヴィリードフの音楽は、永遠なるロシアの魂を表現するとも評されます。ロシア文学の至宝と呼ぶべきプーシキンの文学、その映画化されたものに曲を付した「吹雪」は、スヴィリードフの代表作の一つです。そして、エセーニンやブローク、パステルナークといったロシアの詩人の詩に曲を加え、文学と音楽の間に橋を架けてきました。そのロシアへの愛は、ソ連政府の意向よりもはるかに強く、スヴィリードフの内面に働きます。
やがてソ連が滅び、混乱の時代が再来しました。そしてその混乱が続く中で、スヴィリードフは、1998年1月5日にモスクワで亡くなります。帝政時代に生まれてエリツィン政権下に没したスヴィリードフは、さまざまな政治的渦の中を生き延び、ロシアの文化を後世に伝える大きな役割を果たします。20世紀のロシアを生きた音楽家として、スヴィリードフの生涯は、ロシア文化の魅力と苦難を表現するものとなりました。
(文責:やまなしさぶろう)
1. Children's Album, for Piano 子どものためのアルバム 1948年作
No.1, Little Lullaby 小さな子守歌(ハ長調 6/8拍子 Andantino)
No.2, Fidget スキップする女の子(ト長調 3/8拍子 Allegretto)
No.3, Gentle Request やさしいお願い(ニ長調 2/4拍子 Andantino)
No.4, Stubborn Person 頑固者(ト短調 4/4拍子 Allegro non troppo)
No.5, Chimes were Chiming (A russian folk song) 鐘の音(変ホ長調 3/4拍子 Moderato)
No.6, Music Box オルゴール(ト長調 6/8拍子 Andantino)
No.7, Old-Fashioned Dance 旧式の踊り(イ短調 3/4拍子 Tempo di minuetto)
No.8, Before Bed おやすみ前に(嬰ハ短調 2/4拍子 Andante)
No.9, Lad with Accordion アコーディオンを持つ青年(ハ長調 2/4拍子 Allegro)
No.10, Jolly March 楽しい行進 (ハ長調 12/8拍子 Tempo di marcia)
No.11, Wizard 魔法使い(ホ短調 2/4拍子 Allegro non troppo)
No.12, Sad Song 悲しい歌(ニ短調 4/4拍子 Andante)
No.13, Little Toccata 小さなトッカータ(ホ短調 5/4拍子 Presto)
No.14, Winter 冬(ハ長調 4/4拍子 Sostenuto)
No.15, Rain 雨(ニ短調 4/4拍子 Allegro molto e leggiero)
No.16, March to M.I.Glinka’s Theme M.I.グリンカのテーマによる行進曲(嬰ハ短調 4/4拍子)
*この曲には、ロシアの作家・マルシャーク翻訳によるイギリスの民謡が添えられている。
Oh,the grand old Duke of York,
He had ten thousand men.
He marched the up to the top of the hill,
And he marched them down again.
~English folk song~
https://youtu.be/PNwVkO5v16A "Chernomor's March" from Ruslan and Ludmila
No,19(全スコア中) チェルノモール(ロシア帝国の県の一つ)
王様は、兵隊引き連れて
丘を登った
王様は丘を下る
一人で
No.17, Musical Moment 楽興の時 (イ短調~イ長調 2/4拍子)
注)各タイトル、詩の日本語訳は原語(ロシア語)も参照した。
2. The Blizzard「吹雪」〜プーシキンの物語への音楽の挿絵〜 Musical Illustrations to A.S.Pushkin's Story 1945年作
(Arranged for piano by K.TITARENCO)
19世紀ロシア最大の詩人でロシア国民文学の創始者である、プーシキンの恋愛小説「吹雪」の映画化作品のために作られたオーケストラ用の曲。1964年の作品。オーケストレーションでは、1、トロイカ 2、ワルツ 3、春と秋 4、ロマンス 5、パストラール 6、軍隊行進曲 7、婚礼の儀式 8、ワルツの反復 9、冬の道 から構成されるが、ピアノ編曲版では、8、ワルツの反復 9、冬の道(トロイカとほぼ同じメロディ)は省かれている。
『吹雪』は、プーシキンの短篇小説集「ベールキン物語」の第2話に収められています。
(岩波文庫から出ている神西清訳の本は、25頁足らずの短編。)
映画化された時の『吹雪』の作品が現在DVDで販売されています(ロシアからの取り寄せ)。スヴィリードフの音楽とともに物語を忠実に再現された『吹雪』やそのほかのプーシキンの短編をロシア語で楽しみたい方にはお勧めです。
3. Piano Trio in A minor,Op.6 ピアノトリオ イ短調 1945年作
スヴィリードフの初期の作品でもあることから、師・ショスタコーヴィッチの影響を色濃く感じる作品です。第3楽章の中間部は天上の調べのように美しく、また、全体にはエネルギーに満ち溢れた壮大な構成となっています。
I. Elegy エレジー Allegro moderato a-moll 3/4拍子
II. Scherzo スケルツォ Allegro vivo fis-moll 3/4拍子
III. Funeral march 葬送行進曲 Andante d-moll 4/4拍子
IV. Idyll 牧歌 Allgretto A-dur 6/8拍子